小さな綻びと小さな幸せ

夕べ仕事を片付けて下山するときに見た神戸の夜景は、普段憎たらしく見える夜景とは違って。
靄がかかった漆黒の空は、猫の額くらいの神戸の街をそれこそ猫の頭を撫でるように包み込む。
その光景に、山に登りだして初めて愛おしさと、心のどこかにしまっていた懐かしさを思い出す。

毎日大阪に通って、バイトと学生生活に明け暮れていた(はずの)私。
毎晩新快速から眺める明石大橋の夜景は、忙しく兵庫と大阪を行き来していた私の拠り所になっていたような気がする。
毎日顔を合わせたバイト仲間。冗談を言い合うこともあれば意見をぶつけ合うこともある。
仕事はどうかといえば、うまくいくときもあるけどそうじゃないことの方がもっとある。
いい日も悪い日も、どんなときも地元に帰ってくると自分は今日も頑張ったんだなと、そう胸を張る瞬間があった。
小さな幸せの積み重ねがそこにはあって。

そういうものを実感するアンテナを、どこに置きっ放しにしたんだろうか。
自分の取り組んだ結果として、どんな結果でも受け入れる。
結果が悪くても、何が悪いか次に繋げる課題は何かが見えればいい。
でもそれって、小さな綻びの積み重ねであって。

一人になると、ふと考えてしまう。
小さな綻びも、積み重なってしまうと自分ひとりでは簡単には繕うことができない。
嗚呼どの場面でも何故に自分の悪い面ばかり炙り出されてしまうのか。

小さな綻びの中から見える私は、道に迷った小さな小さなもので。
こんなん予備校時代とかわらんやん。
いい加減に、数年ぶりに安定剤をもらいに行こうかな。